探し物の物語。

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12

膝上の<人魚>は、静かながらも確かに息をしていた。
閉じられた瞳が開いたその時、彼女は何を思うのだろう。



「ちょっと、やりすぎちゃったね…。」



水ポケマスターの彼女のプライドを、一番屈辱的な方法でへし折ってしまったような気がしてならない。
うつむくの頬に、ラプラスがプールの中から己の頬をそっと摺り寄せた。
元気を出して、と。









探し物の物語 12話










カスミのギャラドスが混乱で我を忘れたのはほんの一瞬のことだった。
しかし、その一瞬の暴走によって起きた津波は莫大なエネルギーであり、その中に沈んだカスミは意識を失っていた。
とラプラスが助けにもぐらなければ、万が一死んでいた可能性もある。
幸い、救助が早かったこともあり、カスミは意識こそ無いものの命に別状はなさそうだった。
はプールサイドへ引き上げたカスミを己の膝を枕代わりにして横に寝かせ、その水に濡れて額や頬に張り付いた髪を優しくはがす。
ゴム紐は荒波にもまれて解けてしまったのだろう。
肩口より少し下まで伸びたオレンジの髪が、自由気ままに散っている。
くくっているよりも、よほどお嬢様らしい。
カスミを介抱するも、全身すっかりずぶぬれ状態。
服や髪がぴったりと肌に張り付き、あまりいい気持ちではない。
そんなずぶぬれ二人組みの頭上に、さっと影が落ちる。
ギャラドスが首を伸ばして二人―どちらかといえば主であるカスミ―を見下ろしていた。



「ごめんね、あんな卑怯な手を使って。キミもあまりいい気持ちはしなかったよね。」



よくよく考えて見れば、ギャラドスはロケット団の薬のせいだったとしても、主であるカスミに逆らってしまったことに強い負い目を感じているのだ。
それなのに、今回も混乱によって再びカスミを危険な目にあわせてしまった。
その心の痛みは計り知れないものがあるだろう。
事実、“きょうあくポケモン”として恐れられる威厳のある顔は、今やすっかり心もとなげで泣きそうに歪んでいる。
他にも戦いようはあっただろうに、なぜあんな戦い方を選んでしまったのか。
悔やんでも、悔やみきれない。



「本当に、ごめんなさい…。」



ギャラドスにつられて、の顔にも影が落ちる。
プール一帯は、スポットライトに照らされているにもかかわらず、暗鬱とした空気が流れ始めていた。
ラプラスはを慰めようと、一生懸命己が頬を摺り寄せる。
それでも表情の変わらない主のために、今度は歌を歌おうと、息を大きく吸い込んだその時。



「…ん…。」



膝上で眠るカスミが小さく身じろぐ。
そして、閉じていた瞼がパッチリと開かれた。



「カスミ、大丈夫?!」
「…?それにギャラちゃん…。」



と、首を精一杯伸ばして心配そうにカスミを覗き込むギャラドス。
両者を見て、カスミは一瞬ほうけた顔を浮かべ



「ああ、あたし負けたのね。」



いともあっさりと、そう口にした。
魂が抜けたようでもなく、壮絶に悔しがるわけでもなく、負けをありのまま受け入れるような口ぶりに、今度はがたじろいでしまう。



「えーっと…その………ごめ」
「こらっ、謝るのは無し!」
「は、はいっ。」
「完全に油断してた。、あなたの勝ちよ。」



だから、ね。
そう言って、カスミは短パンのポケットから小さなバッジを取り出した。
雫形を模したそれは、ハナダのジムリーダーに買った証。



「おめでとう。ハナダのジムリーダー、おてんば人魚カスミに勝った事を今ここで認定するわ。」
「ありがとう。」



触れあった手はお互い冷たい。
カスミはの右手にバッジを乗せると、大きくひとつ、くしゃみした。
決まりが悪そうに顔をしかめて、けれども次の瞬間には笑みをうかべ、クスクスと笑い始める。
もつられて、知らず知らずのうちに笑みを浮かべていた。
ラプラスもに元気が戻ったことにほっとし、己の意思でボールの中に戻る。
けれどもギャラドスだけは違った。
居心地が悪そうに、少し距離を置いてカスミを見つめている。
申し訳ない―――そう感じているのだろう。



「ギャラちゃんどうしたの、辛気臭い顔して。」



カスミに声をかけられ、ギャラドスは恐る恐るプールサイドにやってくる。

怒られるだろうか。
嫌われただろうか。
今度こそ捨てられるだろうか。

心を埋め尽くすのは、カスミに必要とされなくなるのではないかという恐怖心。
けれどもカスミは、ギャラドスの不安を吹き飛ばすかのように、ニッと笑いかけた。



「そんなしょんぼりしなくていいのよ。ギャラちゃんのこと大好きなんだから。ほらおいで!」



プールサイドに立ち、両手を差し伸べるカスミ。
ギャラドスはうれしそうに顔を輝かせ、大きな体躯をそっとカスミに摺り寄せる。
幸せそうに笑う一人と一匹を、スポットライトが煌々と照らしていた。



後に離れ離れになることを
彼らはこのとき、まだ知らない。




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カスミの噛ませ犬的ポジションは可哀想だと思います。
2009/11/09
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