探し物の物語。
13
まだ月は沈まず天に残り、東の空も夜の闇に染まったままだった。カスミ邸を飛び出してから何時間も経過しているように感じていただったが、実際のところカスミとバトルをしていた時間はそう長くない。カスミはジムの中を片付けてから戻ると言って残ったため、月夜に照らされて地面に伸びた自分の影を踏みながらカスミの屋敷に向かうは一人だった。その足元にはイーブイがピトリと寄り添い、片時も離れようとはしない。やはり何度見ても水中で水と同化していた名残は一切なく、いつもと変わらない茶色と白の体毛に覆われた普通の姿を見せている。
「イーブイは今のところ3種に進化する可能性があるって言われているけれど、それは進化の石が無いとまず無理だし、進化しちゃったら元の姿には戻らないし…。本当不思議な子だね、キミは。」
周囲に誰も居ないことを確認してイーブイに呟く。イーブイは顔を上げて小さく「キュ?」と鳴き、ニコニコしながら主に喋りかけられたことを喜んだ。カツラからこのイーブイを渡されたのは確か3、4年前のこと。やってきた当時、イーブイはボールから出すなり怯えたように家の隅っこまで逃げてガタガタ震えていた。体の色々な部分に血の滲んだような跡と切り傷や注射痕が残り酷い有様だったのを覚えてる。餌を与えても口にしないから何とかして食べさせようとあれやこれや手を尽くし、最終的に市販のポケモンフードを目の前で食べて見せて安全なことを証明してみせたら、ようやくそれを口にしたのはいい思い出だ。その現場をカツラに目撃されたせいかは知らないが、以降家には人間が食べても安全なクッキータイプのポケモンフードが棚の中に並ぶようになった。カツラなりの配慮だったのだろう。がカツラに教わりながらせっせと傷の手当とブラッシングを怠ることなく続け、当時はまだガーディだったウインディもよく面倒を見た。その苦労が実となり花となり、イーブイはとカツラに対して心を開くようになった。年の割に体は小さく極端に寂しがりで恐がりで甘えん坊だが、隠された3つの力は予想を上回る特異なものだ。そのことは周囲に隠せとカツラから言われているため、バトルにおいての活躍は滅多に無い。そのため形状を変えて水と同化する力があるのを知ったのは今日が初めてだった。次から次へと不思議を起こすイーブイは、一体何故の手元にやってきたのだろう。
「お父さんのほうが、とっても優秀なトレーナーなのにね。」
研究者でありジムリーダーを務めるほどの実力があるカツラなら、もっとこのイーブイの長所を伸ばしてやれるはずだ。そうであるにも関わらず、幼いに預けた理由がいまひとつ理解できない。そういえばカツラは今頃どうしているのだろう…と、空に浮かぶ星を見上げるの少し先に、ようやくカスミの屋敷が見えてきた。
〜探し物の物語〜13〜
イーブイの案内によって迷うことなく部屋にたどり着いたは、の部屋の前で右往左往するレッドを見つけた。部屋に戻って待っててと言ったのに、一体なぜこんなところにいるのだろう。
「レッド?」
「!よかった!カスミに会って報告するにしては帰ってくるのが遅かったから、ロケット団か強盗に襲われたんじゃないかって心配だったんだ!」
ようやく戻ってきたを見て、レッドは安心したように笑顔を浮かべながら駆け寄ってくる。の足元にいたイーブイは危うく踏まれかけ、さっとの後ろに逃げた。どうやらレッドにはまだそこまで慣れていないらしく、警戒するように耳をピンと立てている。戻っていいよと腰のボールをコツコツと叩くと、理解したイーブイは一目散にボールの中に逃げ込んだ。やはりまだとカツラ以外には人見知りをするようだ。
「ごめんね、ちょっと話し込んじゃって。」
本当は話し込むどころか一戦を交えてきたところなのだが。そんなことなどつゆ知らず、レッドはキョロキョロ周囲を見て何かを探すそぶりを示す。
「カスミは?一緒にくるかと思ってたんだけど。」
「えっと…。」
ジムの片づけをしているカスミがこの場に来ることは出来ない。レッドにはカスミと戦ったことを秘密にしておきたかったし、カスミにも彼女がジムリーダーであることはレッドにはまだ言わないでくれと頼まれた。だからその事を気付かせるようなことは口に出来ない。ゴメンねレッド…、と内心手をあわせつつ、カスミは庭に仕掛けたレッドの部屋付近の防犯カメラをチェック中で、結果は明日知らせてくれるそうだ、と嘘をついた。レッドは納得したように頷きながら、途端に何を思ったのか顔を赤くし、そわそわし始める。
「さっきはゴメンな。」
「さっき?」
「あー、えーっと、うーん。」
なんとも言い辛そうに下を見たり上を見たり、目を左右にせわしなく動かして唸るレッドの意図が分からない。首を傾げるに、レッドは慌てて手を振った。
「やっぱなんでもない!今のは忘れてくれ。」
「…?分かった。」
実のところ、レッドはの部屋に侵入してあまつさえ風呂場に押し入ってしまったことを謝罪しようと思っていた。けれどもはカスミとの一件のせいで、そんなことすっかり忘れている。覚えていないなら思い出させないほうがいいだろう、とレッドは全て無かったことにしようと思った。卑怯な話ではあるが、いちいち掘り返して再び気まずい空気が流れるより懸命な選択だった。
「そういえばレッドの部屋、ぐちゃぐちゃになっちゃったんだっけ。」
「ああ。でもさっきメイドさんたちが来て片付けてくれた。」
「それじゃあ寝る場所はあるのね。」
「うん。」
部屋が荒れたままなら自室の広いベッドの半分を貸そうかなと思っていただったが、どうやらその必要は無いようだ。それじゃあ今日はお休みなさい、と自室のドアを開けるに、レッドは思い出したように言った。
「そうだ、オレ明日は一人で行動するから。」
「えっ?」
てっきりすぐさま旅に戻ると思っていたは、レッドの言葉に耳を疑う。まさかカスミに襲われたことで危機を感じ、このハナダシティで修行する気になったのだろうか。それならカスミの行動も報われるというもの。そう思って嬉しい気持ちになったのもつかの間。
「いやぁ、メイドの子にデートに誘われちゃってさ。町を案内してくれるらしいから、行って来るよ。」
「…あ、そう…。」
明日が楽しみで仕方が無いといった風な笑顔で語るレッドの言葉に、何故か頭をトンカチで殴られたような衝撃を受ける。それに加えて、カスミの思惑に気付くことなく浮かれるレッドに対して何だかむしゃくしゃした。レッドはそれに全く気付かず部屋に戻って行く。途中、振り返ってを見ると手を振った。
「何かあったら呼んでくれよな。じゃあオヤスミ!」
「…おやすみ。」
黒いボサボサ頭が廊下の角を曲がって見えなくなって、は部屋の戸を開け、そのまま一人には大きすぎるベッドにダイブする。外に出たからもう一度お風呂に入ろうと思っていたのだが、最後のレッドの言葉でその気も失せるほど疲れてしまった。
「…今日はもう寝よう…。」
きっとが注意せずとも、レッドにはそのうちカスミから怒りの鉄槌が下るだろう。ボールの中から3匹を出して部屋の電気を消し、仰向けに寝転がる。明日の朝目覚めたらもう一度ゆっくりお風呂に入ろうと思い、ふとレッドが入浴中にやってきたことを思い出した。途端に恥ずかしさがこみ上げ、顔が熱くなる。
「…っもう、レッドのばか…!」
何故かは分からないが、恥ずかしいやらむしゃくしゃするやらで胸の内側が変な気分だ。は暗闇にレッドへの罵倒を吐き捨て、極上の羽毛布団に頭から包まった。息苦しいのは、きっと酸素が足りないだけじゃない。
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現代版のネタばかり思いついていたけれど、原作をちょっと急激に増やそうと思います。
2009/11/14