彼女のための、銃刀法
彼女のための、銃刀法
日本には銃刀法がある。それは治安を維持し、秩序を成立させ、人を守るための法律だ。
けれども刃物なんて日常にありふれている。家庭には最低1本くらい包丁があるだろう。筆箱の中にカッターを入れて、常時持ち歩いている生徒が一体どれくらいいるのか。いちいち数えてなんかいられない。
いくら銃刀法が確立されていようが、世の人々は何かしら法律に触れない程度の刃物を所持しているのが当たり前である。
そしてそんな法律を、清水雷光がいちいち気にするわけがなかった。常日頃から愛刀を持ち歩き、捌きを下さなければならない忍びにその刃を振り下ろす。それが裏社会に生きる忍びの、清水雷光の役目だから。
「でもね、さすがの私でも思うんですよ。やっぱり、刃物を持つ人間は規制すべきかなって。」
「ほう、何でだよ。ってか突飛だな。」
唐突に語り始める雷光の横で、銃の手入れをしていた雪見が興味深げに耳を傾ける。
雷光はニコニコしながら指し示した。
その先にはがいる。は今まさに夕食を作っている途中だ。
手には包丁。軽快な音が、まな板の上で弾んでいる。
今晩は肉じゃがを作ると張り切っていたから、今切っているのはジャガイモだろう。
「アイツがどうしたんだ?」
「のような子に刃物を持たせるのは危ないってことですよ。」
別に手元が危なっかしいわけではない。むしろ手馴れたものだ。
アレの何処が危ないんだ。言いかける雪見に黙るように、雷光は人差し指を一本口の前に当てる。
そして空中に飛ぶ一匹のハエを見つけると、
「あ、あんな所にハエが―――」
この瞬間のことを、雪見は未来永劫忘れはしないだろう。
ちょっぴり忍びの世界を知りすぎてしまったただの一般人のはずの少女が、殺気に満ち溢れた眼光で空中を浮遊する一匹のハエを見つけるや否や、目にも留まらぬ速さで手にした包丁を鋭く投げつけたのだ。
ガス、と、天井に包丁が突き刺さる。その間、1秒にも満たなかっただろう。
まさか、そんなまさか。
雪見は手の甲で目をこする。散々こすった後で、包丁の先端を凝視する。
見事なまでに、ハエは体のど真ん中を射止められていた。
はハエをしとめたことに満足気に頷くと、鼻歌を歌いながら何処からともなく新しい包丁を取り出す。
そして再び料理に没頭し始めた。
「…おい、雷光。あいつ、忍びじゃないんだよな。」
「ああ見えて至極普通の一般人らしいですよ。」
「いや、一般人があんなことできるかよ!!!」
「だからに包丁を持たせたら危ないって言ったんですよ〜。」
その日の夕食は雷光曰くとっても美味しい肉じゃがだったそうだが、あんなものを見てしまった雪見は味なんてよく分からなかった。
それから数日間、天井には包丁が誰にも引っこ抜かれないまま放置されていたとか。
しかしある日突然、自然落下で雪見の脳天を突き刺しそうになったのはまた別の話である。