吸血鬼教師

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吸血鬼教師





「痛っ…!」



 帷の手伝いで、明日のHPで配る予定のプリントを1枚1枚折りたたんでいるときのことだった。
 一瞬の鋭利な痛みの後に、じわじわとした鈍痛が指先から沸き起こる。
 今日は厄日なのか、それとも右手に何か悪いものでもついているのか。
 右手の指をプリントで切るのは3回目だ。
 最初の2回は割りと浅くて血も出なかったが、今回は深く切りすぎたのだろう。
 ぱっくり開いた隙間から鮮血が滲み出ている。傷は見れば見るほど痛くなるものだ。
 絆創膏を貼れば少しはましになるだろうか。
 


「…んー…無いなぁ。」



 ポケットをあさって見ても、絆創膏らしきものが出てくる気配が無い。
 こういうとき、某有名アニメの猫型ロボットのように、ポケットから便利グッズが出せたらいいのに。
 水色の猫型ロボットが暢気な声で「絆創膏〜」といいながら丸い手に一枚の絆創膏を掴んで取り出すシーンを思い描いていると、軽く腕を掴まれた。



「怪我したのか?」
「あ、先生。」



 に何百枚ものプリントを手織りさせるという試練を与えた張本人がお戻りだ。
 いつもなら人懐っこい笑みを浮かべてお出迎えするところだが、帷の背後に、滑車に乗ったプリントの山が見えて思わず笑顔が引きつる。この人は全校生徒分の配布物を折らせるつもりなのか。
 帷は引きつった笑みを指先の痛みと勘違いしたらしい。慌てたように自身のポケットを探るが、処置できそうなものは何も出てこない。



「何か無いのか?」
「無いです。」



 あるものならば、とっくに自身でなんとかしている。
 こういう所はちょっとボケてるよなぁと内心物思いに更けるの手を掴んだまま離さない帷は、傷口をどうやって扱えばいいか分かりかねているらしい。
 けれども、そんな彼の頭に電球がピコンと出現する。
 グイと腕を引き寄せ、パックリ割れた傷口に己の口を近づけ、



「せ、先生っ?」
「じっとしてろ、傷が余計ひらくぞ。」



 生暖かい舌が指先に滲んで零れ落ちそうになっていた血を丁寧に舌で掬い上げ、時には音をたててチュ…と吸い、出てくる血を己の体内に取り込んでゆく。
 傷口の上を何度も舌でなぞられると、得体の知れない何かが指先から腕を通り、腰の辺りに入り込んできた感覚に陥った。
 くすぐったくてじっとしておれず、身を捩る。けれども帷は舐める行為を止めない。



「んっ…先生、くすぐったいですよ。」 
「…くすぐったいだけか?」
「うん…。」



 何を望んでいるのか。どうなることを望んでいるのか。
 帷の思惑なんてには分からない。
 ただ、指先を舐められることで生まれる腰の辺りがくすぐったいようなもどかしいような感覚を何とかしようと思って、帷の額を軽く押し戻す。
 やりすぎたか、と、帷は渋々手を離した。



「私ちょっと急用を思い出したんで、帰りますね!」



 このまま帷と二人きりで居るのはなんだか気まずくて、足早に教室の出口を目指す。
 言い訳は嘘ではなかった。今日は虹一に夕食をご馳走することになっているから。
 帷は脱兎のごとく教室から逃げていくの後姿に手を伸ばしかけ…力なく下ろす。今更追いかけて言い訳しても、余計怪しいだけだ。
 口の中に残るのは、鼻につんとくる鉄の味。の体液の味。
 それはやたら生々しくて、教師にあるまじき姿だと、後悔が押し寄せた。
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