私の欠片
私の欠片
こういうときの料理は、鍋と決まっているらしい。
皆聞くまでもなく、思い思いの具材を持ち寄って、その晩は鍋パーティーになった。
ダシは美鶴ちゃんお手製なので、もちろん美味しいことこの上ない。
何で一年経たずに戻ってきたのか聞いたら、路銀が尽きそうだったのと、久々にこの村に戻りたくなったかららしい。
拓磨がアレやらコレやらを色々聞き出して会話が盛り上がる中、私はそっと縁側に出る。
こんなにも盛り上がるのは久々のこと。少し疲れた。
縁側に座り、空を見上げる。
真夏の夜に輝く無数の星。
綺麗だ。ここから見る星とアメリカから見る星は違って見えるのだろうか。
不意に背中に気配を感じる。
振り向けば、そこには拓磨が立っている。
星明りに赤みがかった髪がほんのりと輝いていて、ああ、美鶴ちゃんがほれるのも無理ないなと思う。
こうしていれば拓磨は本当にカッコいい。
拓磨は後ろ手でそっと襖を閉めると、私の隣に腰を下ろした。
「拓磨?食べなくていいの?」
「お前こそいいのか。」
「私の分は美鶴ちゃんがちゃーんと確保してくれてるもの。」
「その美鶴が確保した分まで先輩手出してたぞ。」
「嘘!?」
慌てて中に戻ろうとして、でもいいかと再び腰を下ろす。
今日は真弘先輩のお帰りパーティーだから、好きなだけ食べてもらおう。
私はもうある程度お腹がいっぱいだし、空いたらその時は冷蔵庫の中身をちょっと拝借すればいい。
二人一緒になって、星空を見上げる。
お互い無言だったけど、不思議と苦にはならない無言だった。
「…良かったな。」
ふいに拓磨が沈黙を破る。
見ると、彼は視線を星に合わせたままだ。
「あの人が居なくなってから、お前は元気が無かった。」
「……そんなに元気じゃなかった?」
「馬鹿にするな、美鶴ですら気にかけていたくらいだ。」
何気に美鶴ちゃんのことを鈍感だと言っているようなものだ。かわいそうに。
どちらかというと拓磨の方が鈍感だと思うけど、その拓磨ですら思っていたほど私は元気が無かったことになる。
自分で自覚が無かった分、私が一番の鈍感なのかもしれない。
でも確かに、思い出してみれば。
先輩が離れてしまってからの私は、何にもやる気がおきなくて、まるで何か大事なものが体から抜けてしまったような気がしていた。
拓磨はふと星から視線を移して、こちらを見てくる。
「俺は、また昔みたいにお前が元気になれば、それでいい。」
淡いすみれ色の瞳。
やけに物悲しげに微笑んでいる。なんで、そんなに悲しそうに笑うのだろう。
視線は再びふっと反れる。
同時に襖が僅かに隙間を作り、部屋の中の光が漏れ出した。
「様、どうしましょう。」
美鶴ちゃんが困ったような顔をして、部屋の中を指差す。
どうしたのだろう。気になって部屋の中を見ると、真弘先輩が大の字になってお腹丸出しでおおいびきをかいている。
横には酒瓶が転がっている。
それは完全に空っぽ。
もしかしたらイッキでもしたのだろうか。
「真弘先輩っ、真弘先輩っ?」
「俺様はぁ……鴉取…真弘様…」
酔っ払っているのか、それとも寝言か。
多分両方なんだろう。
運ぼうかと立ち上がりかける孤邑先輩の申し出をやんわり断って、真弘先輩の肩を支える。
まだ鍋には結構な具材が残っているから、皆そんなに食べていないはずだ。
その状況で動いて貰うのは申し訳ない。
なんとか足は動くみたいで、ふらふらしながらも廊下に出る。
半ば引きずる形で私の部屋まで運んだ。
客間より私の部屋が近かったからで、別にへんな意図は無い。
布団を敷いてそこに寝かせる。
部屋の中はクーラーを付けていないから熱い。
リモコンに手をかけてスイッチを入れようとしたとき。
くいと肩を掴まれて、視界がぐるりと回転する。
気が付けば目の前には真弘先輩の顔がドアップであって、背中には柔らかい布団の感触。
さっきまで寝かせていたはずの真弘先輩が馬乗りになっていて、両腕を布団に縫い付けられていた。
「せ、先輩?」
急にどうしたんだろう。
不意にプツンと電気が消える。電球が切れてしまったらしい。
窓から差し込む月と星の光が、今この部屋を照らす唯一の灯り。
暗がりの部屋の中、先輩の緑の瞳が私を見据える。
なんだか、真剣で。
でもどこか優しくて。
「せんぱ…」
顔が、近付く。
ギリギリまで近付いた唇と唇に、私はぎゅっと目を閉じた。
あのときの、口付けの感触が…
「…?」
どれだけたっても、唇に何かが触れる感じがしない。
おそるおそる目を開ける。
真弘先輩の顔は横にあって、お酒臭い息をすーすー吐いていた。
寝ている。
「先輩?まーひーろーせーんーぱーいー?」
どれだけ呼んで体をゆすってみても目覚める気配は無い。
だけど、いつの間にか腰に回されている腕はがっしり私を抱きしめている。
クーラーが効いて来た部屋の中で、先輩の温もりはちょうど心地よかった。
すっと伸びた長いまつげ。
子どもと勘違いしそうなあどけない寝顔。
お酒臭いのが残念だけど、こうして隣に居てお互いの温もりを感じられることが、なんだか不思議だ。
離れ離れだった半年。それは短いようで、実は長かったのかもしれない。
まるで体の一部がなくなってしまったような虚無感があった。
それが今、満たされるような気がする。
触れ合う肌と肌から、するりと温かくて心地よい何かが入り込んできて、私の空っぽだった部分をそっと埋めてくれる。
「先輩、本当にお帰りなさい。」
私の大切な欠片。決してかけてほしくない欠片。
眠る彼の髪を優しく漉いて、私も瞳を閉じる。
夏の夜の星灯りに照らされて。
私達は一つの塊になって、夢の世界に旅立った。