似合う似合わないではなく
似合う似合わないではなく
あの人には華やかな色も似合うけど、純粋で素朴な色のほうがもっと似合うと思う。だから、いつかのタウン情報誌の1ページに花屋の広告塔として大きく色鮮やかな花束を持たされて映っていた彼女を見たときは、勿体無い使われ方をされているものだと憤慨した覚えがある。実のところ、憤慨したのは決して花束のセンスの問題だけではなかったのだけれども。そのことを認めてしまえば確実な敗北のような気がして、無いものであるかのように頭の隅に追いやって生きていた。けれども、現実ってのは残酷なもので―――
似合う似合わないではなく、
「虹一、今日も持ってきてるの。」
放課後の教室。珍しく壬晴のほうから話しかけてきたことに、虹一は内心驚きつつ、どこか満足げに笑みを浮かべて頷いた。その手に持つのはスミレの小さな花束。放課後時折学校に姿を見せるにいつでも手渡せるよう、ここ数日持ち歩いている。本来茎を切って花束にしようものならばほんの数日で枯れてしまう花達も、五行の術で生きながらえさせることが出来るのだから、忍術というのはありがたい。
「どうしてその花?」
「さんに似合うだろうと思って。壬晴君はそう思わない?」
「……似合うことは似合うんじゃない。」
決して雑誌に乗っていたような大きく立派な花束ではないけれど、あの大輪の花達よりもに似合う自信が虹一にはある。図書館で花の図鑑を開き、の姿を思い浮かべてどの花が一番似合うだろうと考えに考え抜いた結果、虹一が探し当てた花がこれだった。ほんの数十年しか生きていない人間が選んだものよりも、長い時を生きて色々なものを見てきた自分が選んだもののほうが確実であると虹一は自負している。満足げな笑みはその自信の表れだ。
壬晴はいつもどおり読めない目線で花を見た後、虹一の眼を一瞬だけ見て、すぐ興味を失ったように教室を出て行った。「似合うことは似合うんじゃない」という言葉は、壬晴なりの精一杯の褒め言葉だと考えていいだろう。すくなくとも虹一はそう思う。壬晴までもが納得しているのだ、やはり自分の選目に間違いはなかった―――と内心でガッツポーズを決めたそのとき。
「あ、壬晴君だ。」
廊下から響いた声は、この数日虹一が焦がれてやまなかったかの想い人のものに間違いなかった。すぐさま鞄を肩にひっさげ廊下に飛び出し、
「さんっ!」
と愛しい人の名を口にすると同時に、落胆する。
は確かに廊下にいた。そして壬晴と話をしていた。落胆したのはそこではなく、の隣にカメラを提げた1人の男が居たせいだ。だらしの無い無精ひげに少し皺になったカッター。ネクタイは無理に外そうとしたのか妙に隙間だけ出来ているし、背広は腰に巻きつけてある。社会人にあるまじき格好に、思わずめがねの奥の目が細まざるおえない。―――実際、身なりなどそこまで気にするべき部分ではないのだが。の隣にいるのが自分ではなくその男であるということが許せない真実を認めてしまえば、そこで負けのような気がしてしまうのだ。―虹一は大またで壬晴に近付いてその肩を軽く掴み下がらせ、ついでにも雪見から引き離す。
「そんなカメラを持って、中学生を盗撮ですか?」
「地元の古い校舎特集ってので撮影してるんだよ。一応正式に許可は取ってある。文句あるか?」
「…別に。」
片腕が無いくせにどうやって写真を撮るんだ、と嫌味の一つでも言ってやろうかと身構える。けれども虹一が口を開くより早く、は虹一の腕からまるで雲のようにすり抜けると、雪見の首からカメラを取り上げて己の首にかけた。
「さて雪見さん、どこから撮影する?」
「とりあえずそのクソ生意気面のお子様二人から収めろ。」
「了解っ。」
フラッシュの直後にパシャ、と小さなシャッター音が木霊する。写真を撮られたと気付くまでに数秒かかった。カメラの向こうからにっこり笑ったが顔を覗かせたら、怒ることも注意することも出来なくなってしまう。
「ふふ、中学生って若くていいわね。可愛いわ。」
「お前も大してかわらんだろ。」
「いいえ、3年の差は大きいんです。」
「オレからしてみれば大して変わらん。」
「年寄りみたいですよ。」
「年寄り言うな。」
コントを始めた二人はとてもじゃないが水をさせるような雰囲気ではない。まるで夫婦のような仲のよさを目の当たりにして、虹一の中の<もやもや>が膨らんでいく。
腹立たしい、憎らしい、何故隣に立つのがこの男なのか。だらしの無い格好でおまけに外見年齢だって離れている。見た目もそこまでかっこいいことなんて無く、下手すれば援助交際にしか見えないというのに。それに比べて自分はどうだ。外見はにあわせることが出来るし、めがねを外せば顔だって最高にいいはずだ。なんならの好みに作り変えることも出来る。生きてきた歳月だって愛の深さだって誰よりも多い。隣に立つには、自分のほうがお似合いなはず。
なのに、何故それが伝わらないのか。
「あ、虹一君、そのお花綺麗ね。」
花、綺麗。
二つのワードがポンと頭の中に入り込み、それが己の持っている花束を示していることに気付く。に興味を向けられたと分かった瞬間、虹一の中のモヤモヤはすぐさまあちらこちらへと霧散した。も綺麗だと評価してくれたこの花束。やはり自分の目に狂いは無かった―――嬉しさに思わず口元がほころぶ。
「さんにあげようと思ったんです。」
「私に?」
「似合うと思って。」
「あら嬉しい。私には勿体無さ過ぎる綺麗なお花ね。」
「そんなこと無いですよ!花は所詮引き立て役。綺麗なのはさんですよ!」
うっかり言ってしまって、うわー僕何言ってるんだこっぱずかしい、と虹一は赤面した。壬晴の白々しい視線は痛いし、が花と交互に虹一を見やる視線も皮膚に突き刺さるような気がしてしまう。そこには決して悪意など無かったが、虹一はうっかり漏らしてしまった恥ずかしい本音に耐え切れず、脱兎のごとく廊下を駆けた。その背を雪見が軽く睨んでいたのだが、そのときの虹一は気付く余地も無い。
すっかりと姿の見えなくなった虹一を確認して、壬晴は雪見を見上げながら口を開く。
「―――虹一は、その花がさんに似合うって言ってるけど。」
「確かに似合ってはいるな。」
「でも、似合う似合わないより、好きか嫌いか、のほうが大切だと思うんだよね。」
「…そうだな。」
手に持つ花も、隣に寄り添う相手も。
全ては似合う似合わないではなく、好きか嫌いかが重要で。
それを理解しえるかは、その者の心次第。