忍びの装束

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忍びの装束

「やっぱりね、忍者たるものそれなりにそれらしい格好をするべきだと思うのよ。」



 なんてことを言ったのは、ちょっぴり忍びの世界を知りすぎた一般人の



「忍び装束ねっ!」



 真っ先に食いついたのは、日本人なのに驚くほどの金髪ロングツインテールが自慢の少女、その名も清水雷鳴。
 乙女2名がキャッキャいいながら忍者装束話に花を咲かせている傍らで、六条壬晴は呆れたようにため息をついた。
 一人なら、別にたいしたこと無いのだ。どんな話を持ち出そうが、そこまで被害は大きくならない。
 けれどもそれに雷鳴が加われば、ロクなことにならないのだ。
 とばっちりを受ける前にさっさと撤退だと、膝の上に乗っていたシラタマを抱えて部屋を出て行く。
 けれども願いはあと一歩で叶わず、雷鳴に首根っこをひっ捕まえられて部屋の中にシラタマ共々逆戻りした。



「壬晴の体型を採寸して、先生や虹一たちにも作ってあげようよ!」



 はしゃぐ雷鳴の傍らでは細く微笑んでいる。こうなった二人からは逃れられない。
 一体何処から取り出したのか、メジャーで壬晴の体を採寸し始める。傍らでは雷鳴がこれまた何処から取り出したか分からないホワイトボードに、が読み上げる採寸結果を書き記している。
 雷鳴は虹一と帷の分も作ってあげようといった。しかも壬晴の採寸で。
 あの二人が着るにはいささかというか相当小さい装束が出来るはずだ。
 だから壬晴はにもみくちゃにされ半脱ぎにされ、メジャーに巻かれながら、大人しく脳内で想像を繰り広げる。
 ぴっちぴちの黒い忍び装束を着た虹一と帷の滑稽な姿を。
 帷に関しては某所がポロリの可能性もあるので、そこはモザイクをかけて自主規制だ。



、デザインは私が考えるから、衣装を作るのは任せたわ!」
「うん。任せて。」



 雷鳴がデザインか。それこそ地雷を踏んだようなものになるに違いない。
 壬晴は全てを諦めた。今こそ特技の出番といえよう。デザインなんて無関心無関心。



「はい、採寸終ったわ。お疲れさま、壬晴君。」



 メジャーを持ったの手が離れていく。もういっそのこと、それでぐるぐる巻きに縛ってつれて帰ってくれればいいのに。壬晴の希望には最期まで気付かず、速攻でメジャーを仕舞った。
 そこからは雷鳴の一人舞台。ホワイトボードにデザインを大胆に描きなぐり、雨露をしのぐために素材は何がいいかとか、物をたくさん隠せるように、ポケットを大量につけようとか。
 コタツ机の上に片足を上げて力説し始める雷鳴の話を、は時折頷きつつ、口を挟まず静かに聞いていた。



 3日後



「壬晴君、忍び装束出来たよ。」



 壬晴宅に一人でやってきたは、手に小さい紙袋を提げていた。
 その中に例のブツが入っているらしい。隙間から迷彩柄っぽい布が見える。忍者なのに外国風の模様を使うのはありなのだろうか。日本人の欧米化にあわせているのだろうか。
 早速部屋で、作られた衣装を広げる。



さん…これ」
「忍び装束だよ。」
「合羽に見える。」
「忍び装束だよ。」
「どう見ても合羽なん」
「忍び装束。」



 は壬晴の合羽発言にも、一切笑顔を崩さず忍び装束だと言い張る。
 しかし壬晴がどう見ても、否、地球上に住まう全人類の誰が見ても、それは合羽だった。
 迷彩柄と大量にくっついたポケットが珍しいだけで、ただの合羽だった。



「…デザインは…」
「雷鳴ちゃんだよ。」
「…そうだったね…。」



 雷鳴がデザインした時点で服らしい服が出来るはずがなかったのだ。
 雷鳴はコーディネイトに関しては文句無いセンスの持ち主かもしれないが、それとデザインは別問題。
 これで服飾関係の職に就いたら、日本のファッション世界が震撼するだろう。
 良くも悪くも貴重な発想の持ち主と言える。
 はあくまで雷鳴の指示にしたがって服を作ったに過ぎない。否、合羽を。
 必死に合羽を否定して忍び装束と言い張るのは、なりの雷鳴にたいする優しさと考えていい。
 壬晴はとりあえず雷鳴案の忍び装束もとい合羽を身につけてみる。驚いたことに膝までの長さしかない。
 小学生の低学年が着て丁度いいくらいの丈だ。



「ちょっと短いね。」
「雷鳴ちゃん曰く、機能性を重視したんだって。ちなみに本来はそれが服だから、正式な着方は下着の上にその合羽…じゃなかった、忍び装束ね。」
「ところで雷鳴は?」
「虹一君と帷先生の所にもって行ったと思う。」
「虹一と先生の装束のサイズはどうしたの?」
「それがね、私は直した方がいいと思うって言ったんだけど、雷鳴ちゃんが別にそのままでいいって言ったから…その。」



 口ごもるということは、このサイズのまま作ったということで間違いない。
 つまり、虹一と帷は壬晴ですら小さいと思うサイズを着るはめになっているわけだ。
 壬晴は考える。自分で膝丈ということは、遥かに背の高い虹一と帷がコレを着たら、どうなるか。
 虹一はまだギリギリ太ももの辺りまで隠れるかもしれないが、帷にいたっては上半身しか包めないだろう。
 でもって雷鳴が直接虹一と帷の元に渡しに行ったと言うことは、着ている服を引っぺがして下着の上に着せにかかっている可能性が高い。



「…ご愁傷様…。」



 翌朝、新聞紙の地方欄に小さく、某中学校教師が下着の上に幼児の合羽を着て街を歩いている所を逮捕、という記事が載った。
 メディアも合羽と称した忍び装束が速攻で黒歴史に葬られたのは言うまでも無い。
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