一片の桜

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桜舞い散るまどろみの中。
木の枝を離れ、ひらひらと舞い落ちた桃色の一片を頬に浴び、鷺井丸太は深く沈めていた意識を引き上げた。
 
どのくらい眠っていたのだろう。
 
入学式に出るのが面倒で、式にすら出席せず。
適当に校内の敷地をぶらぶらして偶然見つけたのは、この一本の古びた桜の木だった。
幹は太く、枝ぶりもたくましく。
寄りかかって眠るのには最適な木。
何もする気になれなかったし、ちょうど眠るのに心地よい風が吹いてきたものだから、丸太は己の睡眠欲に素直に従い、桜の根元に腰を下ろして寄りかかった。
背に感じるのは、生命力溢れる桜の幹のごつごつとした感触。
それから直ぐに寝入ってしまい、気が付けば既に日は天頂を過ぎて西へと傾き始めていた。
 
あ、お昼ごはんを食べるの忘れた。

思ったのは、そんなこと。
だけど彼にしてみれば何よりも重要なことで、「今からでも遅くはない」と傍らに置いておいた鞄からコンビニでお昼用に買ったパンを取り出した。
封を開いて、口に頬張る。
食べることに必死になっていたから、一つの近付く気配に気付きもしなかった。

「……あの……………。」

女の子の、控えめな声。
声のしたほうを見れば、わずか数メートルほど離れた位置に見たことの無い少女が立っていた。

日本人として標準の(丸太自身もそうである)黒い髪は肩口より少し下で切りそろえられ、春の風にさわさわと揺れている。
身長はそれほど高いというわけでもなく、低いというわけでもない。
長いまつげは上からの陽射しによって影をなし、大きな瞳がしっかりと丸太を見据えていた。
制服はこの高校のもの。
だけどどこか着慣れていないようで、彼女も自分と同じく新入生なのだということが分かる。

「鷺井丸太君、ですか?」
「なんで僕の名前知ってるんだ?」

質問に質問で聞き返す。
丸太を本物の「鷺井丸太」と確認した少女は、安心したように息をついて微笑を浮かべた。

(あ――――)

どくん
心音が、その微笑を見た瞬間大きく高鳴る。
別段美少女というわけでもないはずなのだが、そこそこ整った顔つきの少女の微笑みは今まで丸太が見てきた中で格別に綺麗な微笑。

「えっと、なんで僕の名前…」

お互い初対面のはずなのに。
胸の高鳴りを押さえつけて再び同じ疑問をぶつければ、少女の微笑みは苦笑に変わる。

「同じクラスメイトだから。それで先生に「鷺井丸太を探して来い」って言われて来たの。」
「そうだったんだ。」

入学式早々、迷惑をかけてしまった。
だけど仕方ない。本当に面倒くさかったのだから。

未だ桜の幹に寄りかかったままの丸太に、少女はサッと手を差し伸べる。
その意味が分からない丸太は、首をかしげて少女の顔を見返した。

「行こう。もう皆帰っちゃったけど、先生とかが待ってるから。」

入学式は昼で終わる。
だから昼を過ぎた今は、既に新一年生達は帰宅済み。
だけど彼女は、今この場にいる。

「ごめん、迷惑かけた。」

わざわざ残ってまで自分を探していてくれたなんて、予想だにしなかった。
謝る丸太に、少女は「迷惑なんて思ってないよ」と微笑を返す。

また、胸の奥が高鳴った。

差し出された手を握るのは恥ずかしくて、だけど彼女の親切を無駄にするのも嫌だから。
その手を取って、桜の木から背を離した。
反動で幹が僅かに振動し、桜の花びらがはらはらと頭上から舞い落ちてくる。
その一片が、少女の髪にフワリと乗った。

ああ綺麗。
桜の花びらも、そして女の子自身も。

「ところでキミの名前は?」

少女は丸太の名前を知っているが、丸太は少女のことを何一つ知らない。

「私は。」
さん、か。えっと、僕は鷺井丸太。」
「宜しくね、鷺井君。」
「よろしく。」

握られた手のぬくもりを感じながら、今日からお世話になる新しい教室に向かって歩み出す。
そんな二人の出会いを祝福するかのように、桜の花びらが舞い散った。







ひとひらの桜



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凄く久々の夢小説。
そしてマイナーどころのマルタ・サギー夢。
探しても一件しかないので遂に自家発電しちゃいました。
にしても自分、夢小説になると駄文がさらに駄文になる…(涙)

2005/4/2



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