「Be My Valentine.」
窓を伝って流れてゆく雨水。
ひたすらボーっと外の景色を眺めていたは、不意に大きくため息をついた。
そしてまた、窓の外を眺めて思考に耽る。
雨の日、たまにはこんな風に物思いにふけることがあった。
「、ボーっとするなら部屋の掃除でもしてよ。」
「…………。」
「?」
「…………。」
「おーい、そこの可愛いお嬢さん。」
どれだけ秋が声をかけても、は全く返事をしない。
意識して無視をしているのではない。本当に気付いていないのだ。
座木は女性に呼び出され、家を留守にしている。
リベザルも雨だというのに外に遊びに行っている。
たった二人きりだというのに、コレでは秋一人しかこの家にいないような気がした。
「もー、僕そろそろ本気で怒るよ。」
嘘だ。本気で怒るはずが無い。
昔から口では怒るといっても、を相手に怒ったことは無い。
例外はあったにせよ、それは彼女の身を案じて怒った場合。
無視されたくらいで怒る程、専用の心は狭くない。
「、僕も買い物してくるから。留守番しててね。」
秋はとうとうに声をかけるのを諦め、一人で雨降る町に降りていった。
今度こそ一人きりとなった家の中で、は依然雨が伝う窓をぼんやりと眺める。
けれど、不意にはっと我に返ったは、慌てて秋の姿を探した。
秋だけではない。座木も、リベザルも。
三人は外出中だから、当然家の中にいるはずがない。
そのことを知らないは、急に不安になって家の外に飛びだした。
しとしと降り注ぐ雨空の下、傘も差さず裸足で。
「皆、なんでいないの…?」
降り注ぐ雨が全身を濡らしてゆく。
2月の春雨はまだ冷たい。
だんだん冷える体を気にもせず、は店の入り口にうずくまった。
雨の日は苦手だ。
思い出したくない記憶が蘇る。
「何してるの。」
うずくまったに声がかかる。
それはが心待ちにしていた人の声だった。
「秋。」
顔を上げれば、スーパーの袋を片手に持った秋が突っ立っている。
秋は差していた傘をに差し出した。
もともとびしょぬれだったから、今頃差しても意味はないのだろうけれど。
今度は秋が濡れ始めたものだから、は慌てて傘を押し返した。
「秋、濡れちゃうよ。」
「僕よりが濡れてるんだって。」
二人して玄関の前で、傘を押したり押し返したり。
さっさと店の中に入ればいいものを、二人は少しばかりの時間、ずっと玄関の前で傘の押し付け合いをしていた。
そうしている間に、最初からびしょぬれだったと同じくらい、秋も全身ずぶ濡になった。
お互い傘を差す意味は殆どない状態だ。
「、ちょっと目瞑って。」
「?」
「いいからいいから。」
秋に言われたとおり、は目を閉じた。
暗くなった視界。
びりびりと何かを破る音が聞こえたと思ったら、秋がパチンと指を鳴らした。
何事かとおもって反射的に目を開けると、秋の顔がこれでもかというくらいすぐ側にある。
「あ」
あき。
呼びかけようと開いた唇が、ひんやりと冷えた秋の唇に蓋をされる。
秋は突然の口付けに固まるの様子に内心ニヤリと笑い、口の中に含んでいた欠片を舌での咥内に押しやる。
そしてサッと身を引いた。
口の中に広がるのは、雨と、ほろ苦いチョコレートの味。
「Be My Valentine.」
囁かれた言葉は、雨の音に混ざることなくしっかりとの耳に聞こえた。
+++++++++++++++++++++
2007/02/14
秋のバレンタイン夢。
まさか今年は雨が降るとは思っても見なかった…。