2007'08.30.Thu
恥じらいの紅月(真弘×)
涼しさを孕んだ心地よい風が、髪を上げた首筋を撫ぜる。
熱中夜はもう最盛期を過ぎたらしく、今夜の気温は前日までの寝苦しい夜に比べて格段にすごしやすい。
一気に気温が下がったのは、日中に雨が降ったのも手伝っているのかもしれない。
起きだちに見たニュースで皆既月食のことを取り上げていた。
けれども全国の天気予想図はどの地域も雨マークがびっしり。
皮肉なことに、アナウンサーが皆既月食の説明をしている途中で曇天からとうとう雨が降り出した。
数年ぶりの皆既月食。今回は見ることが出来ないと思っていたのだが、神様が味方したのか、夕方を過ぎて、唐突に降りしきる雨が止んだ。
その直後に真弘から電話がかかってきて、少しはやめの月見に誘われ、今に至る。
「どんどん消えていきますね〜。」
「隠れてる部分、本当に赤色に見えるんだな。」
最初は白い満月が南西の夜空に浮かんでいたのだが、時が経つごとに欠けていき、今では半分にも満たない上弦の三日月になっている。
陰になっている部分は完全な闇に染まるというわけでなく、うっすらと紅色だ。
美鶴が気を利かせて作ってくれた月見団子をつまみながら、二人して空を眺める。
鈴虫の声がやけに耳につく。彼らは一体いつ頃から鳴き始めていたのだろうか。
知らず知らずのうちに、秋は確かに近づいてきている。
月を見て団子をつまみつつ、時折隣の真弘をちらりと窺いみる。
いつもは覇気に満ちた顔つきなのに、今晩はやけに寂寥感溢れる瞳で欠けゆく月を眺めている。
時々、本当に時々だが、すぐ隣にいるはずなのに、やけに遠い存在に感じることがある。
手を伸ばせば触れることが出来るにも関わらずそんな風に感じてしまうのは、真弘の意識がの側にないからだ。
こういう風にぼんやりしているときの真弘は、のうかがい知れない「何か」に思いを馳せている。
体当たり的な真弘の愛情表現に嘘偽りがないことは十分理解しているので、浮気だろうかと心配することはないが、それでも距離を感じてしまうのは悲しい。
だから、そういう時は自分から近づいていく。
浴衣の袖を捲り上げて剥き出しになっている細い肩に凭れ掛かると、真弘は少し驚いたようにを見た。
あと僅かしか残っていない三日月の光を浴びた顔は、遥彼方に飛び去っていた意識を取り戻したのか、いつものような覇気で溢れている。
「先輩、何考えてたんですか?」
触れて欲しくないことなら、真弘は頑として答えない。
そういう時はもむやみやたらに詮索しないことにしている。
けれど今回はそれほど内緒にしたいことでもなかったようで、困ったように頭の後ろを手でわしゃわしゃしながら、小さく呟いた。
「今こうしてお前と一緒にこの月を見てるのが、なんだか信じられなくてよ…。」
一瞬だけ、翡翠の瞳が陰りを見せる。
鬼切丸が消滅した今でも、真弘はまだ過去の呪縛にとらわれている。
それは遠い遠い昔のこと。真弘がまだ生まれていない、古い過去。先祖から続く呪縛。
いつになったら全てを忘れることが出来るのだろう。
過去から続く因果は断ち切ったはずなのに、それでも真弘はまだ抜け出せずにいる。
彼の中に眠るヤタガラスが、いまだ全てを引きずり続けているからなのだろうか。
「先輩。」
は両腕を広げて、真弘に微笑む。ここにいることを証明するために。
真弘は一瞬戸惑って、けれども余計な気遣いをさせてしまったと苦笑して、その腕の中に体を寄せた。
お互いの背中に腕を回して、抱きしめあう。
触れ合う温もりは、二人が確かにこの世に存在している証。
二人の逢瀬を見て恥ずかしがるかのように、月が完全な月食を迎えて姿を隠す。瞬く星のおかげで真っ暗とは行かないが、それでも周囲が暗くなったのは間違いない。
闇に同化するように赤く染まった光のない満月に見守られ、影を失った二人の唇はひっそりと重なり合った。
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2007'08.27.Mon
マジックアイズ(真弘・拓磨・祐一×)
夏の太陽を覆い隠すように現れた灰色の厚い雲は、予想以上に長い長い雨を運んできた。
しとしとと降り注ぐ雨に、は小さく息を吐く。
「今日は出かけるのやめましょうか。」
背後に控えた拓磨と祐一が頷く。
一人だけ「えーっ!?」と嫌そうに非難の声を上げた真弘だったが、両サイドを囲む背の高い男二人になんともいえない表情で見つめられ、しぶしぶ頷いた。
天気予報でも予期できなかった突然の雨。
真夏にしては珍しい長雨は、本日街まで服を買いに行くつもりだった四人の予定を完全に狂わせた。
ひとまずの家に集合したまでは良かったのだが、予定がつぶれては集まった意味が無い。
かといって雨振る中をいちいち帰るのは面倒なので、部屋の一角でごろごろしている。
祐一は真っ先に壁に背をもたれて眠り、拓磨は肌身離さず持っているクロスワードの本を広げる。
何も持ってきていなかった真弘はあまりにもつまらなくて、の髪や服を引っ張ってみたり。
けれどもすぐに飽きて、我慢の限界だといったようにガバリと立ち上がった。
「暇だっ。暇すぎるっ!!!なんか面白いこと無いのかよ!」
部屋の中央で精一杯わめいたところで、この古いの家にはたいした遊び道具が無い。
真弘が好きそうなものなんて、余計に無い。
このままほうっておくと部屋の中で暴れられかねないので何か無いだろうかと必死に思案するの肩を、いつの間にか壁から離れた祐一がポンと叩いた。
「ババ抜きをしよう。」
胸ポケットから取り出される、トランプの束。
ババという言葉に一瞬真弘がニヤリと笑ってを見たが、無視する。
いちいちこんなことに反応する年ではない。というか、祐一がトランプを持っていることに少し驚きだ。
「いいっすね、ババ抜き。せっかくだから何か賭けましょうよ。」
「拓磨にしちゃあいいこと言うじゃねえか。よし、なんにする?」
面白いものを見つけた子どものように目を輝かせる真弘。拓磨は一瞬考え込むように目を閉じて、開いた時には祐一を見据えていた。
祐一はその金色の瞳を一瞬細くして、小さく頷く。
「1番早くあがったものが、この場にいる一人を今日一日好きなように扱える。」
「……。」
拓磨と祐一、そして真弘の視線がいっせいにに集まる。
まるで飢えた獣のような視線を三方から浴びせられ、は思わず縮こまった。
三人の中で、景品はであると、問答無用で一致しているらしい。
先に彼らに上がられてしまったら、間違いなくいやな展開になりそうだ。
かといって、今ココで賭けの内容を拒否することは出来ないだろう。
誰が勝つかは運次第。条件は誰も同じ。要するに、が勝てば問題ないのだ。
「じゃ、早速しようぜ。」
畳の上に、円になるように座る四人。 の正面に真弘がいて、両サイドには祐一と拓磨がいる。
祐一は手にしたトランプを拓磨に渡した。自分で配るのが面倒くさいからだ。
拓磨はハイハイ俺がやりますよ、とすばやくトランプを配る。
の手元に回ってきたカードはダブりを捨てると最終的に5枚に減った。それに比べて、正面の真弘の手札はやたら多い。拓磨と祐一は6枚。どっちもどっちといった感じだ。
じゃんけんをした結果祐一が勝ったので、祐一が真弘の手札を抜く。初っ端から祐一は手札を捨てた。
真弘が拓磨の手札を引いて、捨てて、拓磨がから一枚抜いて、また捨てる。
祐一から手札を抜き取ったは、プラスチック製の白地に書かれたピエロに思わず顔をしかめた。
「おっ、のところにババが行ったか。」
正面の真弘は、多い手札で自分を仰ぎながらにやりと笑った。
図星だ。顔に出してしまったことを悔いる。見事にババをよこした祐一を仰ぎ見れば、金色の瞳は涼しげに見返してくるだけで、ちっとも感情が読み取れない。
一番厄介な相手だ。
同じ工程を何度か繰り返して、7回目には、の手札は2枚になっていた。そして祐一は1枚。
はこの一枚を引かなければならないということで、必然的にゲームの勝者は祐一になる。
最後の一枚をが引いて、祐一はあがった。その後はとんとん拍子。結局最後はと真弘の一騎打ちで、なんとかが勝つことが出来た。
けれども賭けに負けたのは事実。
「…そうだな…。」
勝った祐一が、思案するように金色の瞳を眇める。
その瞳に射すくめられ、は背中に冷や汗が流れるのを感じた。
祐一は、きっと変な願いをしてこないと思う。というか、そう思いたい。
白い指先がツツ、との頬をなでる。
真弘がコレでもかというくらい目を半眼にしてにらみつけるけど、負けたことは事実。
賭けに乗ってしまった時点で文句を言える立場ではないので、グッと我慢だ。
拓磨はそんな真弘を傍らで見下ろして苦笑するばかり。少しだけその瞳には残念な色が浮かんでいるが、生憎のところ、それに気づくものは一人としていない。
「。」
「は、はいっ。」
静かな、感情の読み取れない声に名を呼ばれ、思わずぴんと背筋が伸びる。
景品に選ばれたことは確実だ。
祐一はの体をやんわりと自分に引き寄せ、しゃがんだ。
つられてしゃがむと、膝の上に白い髪が散らばる。少しの重みとぬくもりが預けられて、むき出しの膝が少しだけくすぐったい。
「て、てめぇっ!!祐一っ!!!何してんだっ!!!」
「膝枕だが。」
「『膝枕だが。』じゃねえっ!!!誰の許可を得てやってる?!」
「全員の同意の下だ。なぁ拓磨?」
「…そうっすね、そういう”賭け”でしたから。」
そう呟く拓磨は、やっぱり何処か名残惜しそうにの膝を見ている。
真弘は苛立ちのあまり舌打ちして、けれども自分も率先してその賭けに乗ってしまったものだから、これ以上わめくわけにも行かない。
誰にぶつけることも出来ない怒りをもてあまし、そのまま部屋を飛び出していく。
拓磨は小さくため息をついて、その後を追いかけた。
広い背中が語る。「ごゆっくり。」、と。
襖が閉じて、広い部屋は無音の空気に包まれた。
「…その、祐一先輩ってババ抜き強いんですね。」
無言が耐え切れなくて、適当な話題を持ち出してみる。
祐一は閉じかけていた金色の瞳を一瞬だけめんどくさそうに開いて、再び閉じた。
「別に、強いわけじゃない。見えただけだ。」
「…へ?」
「今度から背の高い相手とババ抜きをする場合は、絵柄を出来るだけ下に傾けたほうがいい。じゃないと丸見えだ。」
丸見え。つまり祐一はと真弘の手札が分かっていたから、勝てたというのか。
そういえば、拓磨も最後の最後までババをから抜くことは無かった。
拓磨にもの手札が見えていたのかもしれない。
「真弘には教えるな。言うと怒るから。」
「…そう、ですね。」
身長が小さいせいで手元が丸見えだと言っているようなものだから、身長に敏感な真弘が聞けば絶対怒る。
今度からトランプをするときは絶対絵柄のほうを自分に深く傾けてしようと心に決めるに、祐一は小さく呟いた。
「たまには許してもらいたいものだ。いつも真弘が独占しているのは、面白くない。」
守護五家は玉依姫のものであり、同時に玉依姫は守護五家全員の姫であらなければならないのだから。
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2007'08.27.Mon
無邪気な誘惑(真弘×)
白い練乳アイスが溶けて指に滴る。
慌てて舐め取ると、やけに痛いほどの視線を感じた。
「…なん、ですか…?」
痛いほどの視線を送ってくるのは真弘先輩。
私の一つ上でありながら背は少し小さい。ちなみに背のことを言ったら怒られるから、口にしないのが決まりごと。
小さい癖して人一倍態度だけはでっかくて、周りから「身長のための栄養が全て態度に回ってるんじゃないの?」なんていわれるくらいだ。
でも、でかい態度に比例して、いろんな面で頼りになる。
口先だけじゃなく、ちゃんと実力が伴っているから、そこは素直に尊敬している。
守護者の一人である先輩は、嬉し恥ずかしながら、私の恋人だ。
守護者兼先輩にして恋人である真弘先輩は、さっきから穴が開くほど私のことをガン見していた。
私というか、指に滴る乳白色の溶けたアイスを。
先輩は先にアイスを食べ終えて、木製の平べったい棒が一本ゴミ箱の中に入っている。
食べ物に関しては私よりも執着心の強い先輩のことだから、欲しいのだろうか。
「食べます?」
真弘先輩は一瞬ピクリとこめかみを引きつらせたけど、何を思ったのかスーッと寄ってきて差し出した私の腕を強く掴んだ。
そして、強引に口元にアイスを運ぶ。
と思ったら、
「っ…!!!」
ねっとりとした暖かい何かが指にまとわり付いて、思わずびっくりする。
慌てて手を引っ込めようとしても、真弘先輩が手を掴んでいるせいで動かせない。
見れば、先輩の猫のようにザラリとした小さな舌が私の指をゆっくりと舐めていた。
目も覚めるように赤いそれは生暖かくて、私の冷えた指先をチリリと焦がす。
指先から甘い痺れが全身に伝わって、鼓動が早くなるのが分かった。
「せ、せんぱいっ」
「お前、俺が食べ物のことしか考えてないって思ってるだろ。」
「そういうわけ、じゃ…ひゃっ…!」
今にも溶け落ちてしまいそうなアイスの棒は先輩の手に渡る。
あとちょっとでアイス本体が全部棒から落ちそうだという寸前で、ブドウを入れた涼しげな器に突っ込まれた。
なんとかアイスが畳の上に落ちるのは免れたけど、先輩は私の手を舐めることをやめない。
指先からツツ…と下りて、指と指の間を舐められた途端、甘い痺れが強く体を震わせた。
息が詰まって、腰の辺りがむずむずしてくる。
今日は夏休みの宿題で分からないところを先輩が教えてくれる予定だったのに、コレじゃあ勉強どころか…身が危ない。
「俺が、一体どういう気持ちでお前を見てたか分かるか?」
「わ、分かりません…。」
アイスを欲しがっているようにしか見えなかった、なんて言ったらそれこそ怒られてしまう。
答えられない私を責めるように、舌が執拗に指を舐める。
溶けたアイスはすっかり舐め取られてしまって、もう舐めるものなんて無いはずなのに。
真弘先輩は暫く私の指の味を堪能した後、小さくため息を付いて、ポツリと漏らした。
「お前がアイスを舐め取ってる姿がエロくて、押し倒しそうになるのを必死に我慢してたんだっつーの。」
「…へ?」
「なのにお前は『食べます?』だぞ?俺が必死に我慢してるのに、何も分かってない顔で『食べます?』だぞ!?」
やけに真剣な翡翠の瞳が、目の前に来る。
背中に畳の硬さを感じて、押し倒されたのだと気づくまで、少し時間がかかった。
常人よりも少しだけ鋭利な小さい歯の隙間から、赤い舌がちらつく。
唇が、音もなく言葉をつむいだ。
「望みどおり、くってやる。」と。
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2007'08.26.Sun
隣に並ぶと、ほらね?(真弘×)
職員室から教室に戻る途中の階段で、ふと聞き覚えのある怒鳴り声が聞こえてきた。
一体何事かと思って階段を駆け上がったの目に飛び込んできたのは、珍しく祐一に食って掛かっている真弘の姿だ。
拓磨が二人の間に割って入って、暴れ馬を落ち着かせるように「どうどう」なんて言っている。
どうやら真弘が一方的に何かを言っているようで、祐一はめんどくさそうに突っ立っている。
「どうかしたんですか?」
「ああ、なんとかしてくれ。」
拓磨は待ってましたと顔を輝かせてを引っ張り、ズイと背中を押して真弘の前にやった。
いざ真弘を目の前にしてみると、翡翠の瞳がコレでもかというくらい不機嫌にぎらついてる。
普段黙っていればそれこそ究極の美少年なのだが、全てこの目つきの悪さで丸つぶれだ。
もはやチンピラかヤクザとしか思えないほど人相が悪くなっている真弘と祐一の間に割って入ったのはいいが、何をすればいいか分からない。
「あの、どうしたんです?一階下まで怒鳴り声聞こえてきましたよ?」
「どうしたもこうしたもねーよっ!!!!こいつが俺の言うこと信じないのがいけねーんだっ!!!」
珍しい、祐一はなんだかんだで真弘のことを信用しているし、真弘だって祐一のことを信頼している。
真弘は拓磨と一緒に居るときは嵐のように怒涛の勢いで駆け抜けていく台風だが、祐一と居るときはその逆で、冷静に物事を考える静かな凪の海のようになる。
それなのに、どうしてこんなにも怒りをあらわにしているのか。
振り向いて背中に隠れている祐一を見ると、彼はめんどくさそうに首をすくめた。
そして1枚の紙切れを見せてくる。
「これ、この前の身体測定のやつですよね?」
「真弘は昔から身体測定の日になると学校を休む癖があってな…さすがに毎回空白なのはいけないってことで、俺が調べることになった。だがいくら自己申告だといっても、180センチは…。」
180センチ?
まさか、そんなまさか。
前を見ると、あれだけ眉間にしわを寄せていた真弘の瞳はやけに挙動不審だ。
決して視線を合わせようとしない時点で、事実なのだろう。
ですら身長は160センチ。大して目線の変わらない真弘が180なんてことはありえない。
それにしても、身体測定の日は毎回学校を休んでいたなんて。
そういえば、先日の身体測定の日だけはお昼に屋上に顔を出さなかった気がする。
風邪かと思って心配して見舞いに行こうとした放課後のこと、祐一に「今はそっとしてやれ」と、よく分からない言葉をいただいたので会いに行かなかったのだが…。
「先輩…そんなに身長図るの嫌なんですか…。」
「ち、違うっ!!毎年身体測定の日になると体調が悪くなってだな…。」
ごにょごにょと言葉を濁す真弘からは、もうさっきの苛立ちなんて見えない。
ズル休みしたことがばれて必死に言い訳しようとする小学生のような瞳だ。
あまりにも情けない、これが命を駆けて死闘を繰広げた男の姿なのか。
尊大に胸を張るいつもの真弘はそこにいない。
居るのはただのわがままな子ども。
「…、そのまま…。」
ふと肩に重みを感じて振り向こうとしたを、祐一は背後から制した。
やんわりと、けれども決してその場から動かないように肩を掴んでいて、一瞬真弘の視線が不機嫌そうにゆがんだが、がじっと見ていることに気づき、ハッと眉間のしわが伸びる。
一歩引き下がった拓磨が、サイドでぶつぶつ呟いていた。
カメラのフレームみたいに指で枠を作って、その中からと真弘を見つめている。
ああ、成る程、そういうことか。
祐一と拓磨の意図が読めて、は思わずぴんと背筋を伸ばす。
真弘は怪訝そうに、首をかしげた。
「何だよ急に、校長でも通ったのか?」
「真弘先輩、ちょっとちゃんと立ってみてください。」
「あ?何でだよ…ったく…。」
なんだかんだ言いつつも、真弘もに習ってピシリと立つ。
「目測…3センチ。は確か…16…」
横から聞こえてきた拓磨の呟きに、真弘がサァと顔を青くした。
拓磨の呟きにあわせて「あー!!!あーっ!!!」と騒がしくわめいた後、顔を鬼の形相に染めての手をがしりと掴む。そして一目散に駆け出した。
さっきの小学生はどこへやら。その目はすっかりぎらついていて、視線だけでも人を殺せそうな勢いだ。
殺人的なまなざしを振りまきながら屋上を目指し廊下をひた走る真弘が怖いのか、前方の人はサッと窓辺に身を寄せて小さい竜巻を避ける。
そこまで怒らなくてもいいじゃないかと思うの気持ちなど意に介さず、真弘の唇が小さく動いた。
「、屋上着いたら覚悟しとけよ。」
一体どんな覚悟をすればいいのか。
地を這うようなどすの利いた声でささやかれ、はこの後の展開を予想して冷や汗を流すのだった。
結局、真弘の身体測定の用紙は無事に拓磨と祐一の手によって完成するのだが、その時屋上では平行してにいろいろ災難が降りかかっていたことを、彼らは知らない。
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2007'08.25.Sat
塗りつぶされた場所(真弘×)
黒いペンで塗りつぶされた一箇所が、やけに痛々しく思える。
彼はどんな気持ちでこの部分を塗りつぶしたのだろう。
は手にした用紙を、もとあった場所にそっと置いた。
教科書と教科書の隙間に。
こんなところに隠すようにおいてあるということは、他の人間の目に触れさせたくないということだろう。
これは見なかったことにしなければならない。
「、開けろ。」
「あ、はいっ!」
お菓子を取りに台所まで行っていた真弘が部屋に戻ってくる。
慌てて机から離れて、ドアを開ける。
目の前には、両手いっぱいにお菓子を抱えた真弘。
まじまじと、その顔を見る。
少しだけ低い目線。気のせいでは無い。
「…なんだよ?」
「ななな、何でも無いです。」
半眼でにらまれて、思わず視線が泳いだ。
あれを見てしまったことを知られたら、きっと怒られる。
だからばれない様にしなければ。
「先輩、私は先輩が大好きですから。」
「なっ、突然何言ってんだよ。」
今度は翡翠の瞳が泳ぐ番だ。
一瞬机のほうを見てヒヤッとしたけれど、すぐに視線は別の場所を泳ぎ始める。
良かった、気づいていない。
は心の奥底で、単純な真弘に少しだけ感謝した。
あの、身長のところだけ無残に塗りつぶされた身体測定用紙を見たことは、絶対ばれてはならない。
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